2016年08月23日

その目はどこを見ていたのか

※本日のブログ記事には大傑作映画『シン・ゴジラ』のネタバレが大量に含まれます。ご注意ください。
 
 
 
 シン・ゴジラを観に行った2日後にシン・ゴジラを観に行った物書きです。こんばんは。
 シン・ゴジラとの出会いから早3週間が経ちましたが、いまだに鼻息が荒いです。毎日Twitterで『シン・ゴジラ』『無人在来線爆弾』で検索しています。観客動員数や興行収入はとどまるところを知らないようで、ファンとしてとても嬉しいです。いや完全に狂信者です。
 初めて観に行った日に、非常に暑苦しい絶賛のレビューを書きましたが、今日は非常に暑苦しい絶賛のレビューを書こうと思います。
 ツッコミ待ちです。

 先日のレビューで「主人公らしい主人公がいない」と書きましたが、落ち着いて2回目を観たら、矢口蘭堂がちゃんと主人公でした。恐らく感動のあまり目がくらんでいたものと思われます。
 話それますけど「蘭堂」ってすごくいい名前ですよね。どうやら監督の奥さんである安野モヨコ先生の漫画のキャラの名前らしいです。
 さらに話が脱線しますが、わたしは「人の顔を覚えられない」「人の声も区別がつかない」人間です。幼い頃から人と目を合わせることができず、今も仕事でなければできません。いや、仕事中でもできてないでしょう。だから人の顔を判別する能力が育たなかったのだと思います。ずっと下を向いて、人を見ないように見ないように歩いています。特に女性の顔と声が鬼門です。アナウンサーはクローンに見えていますし、アニメの女性キャラの声はみんな同じに聞こえています。職場では、主に体格と匂いで人を区別しています。だから私服着てきたり、その日だけ眼鏡かけられたりすると、もう、「この人誰だ?」になってしまうんです。
 信じられないかもしれませんが、わたしは、『シン・ゴジラ』の矢口と志村の区別がついていなかったんです。だからどれが主人公なのかわからなかったんですよ。でも落ち着いて観たらちゃんと矢口蘭堂が主人公でした。
 しかし彼に関して、興味深いことに気がついたような気がしています。いや、ただの気のせいだと思いますけど。

 矢口蘭堂は、矢口自身と観客が第4の壁を超えるための「橋渡し」的なキャラクターだったのではないか?
 彼自身気づいていないけれど、そんな能力を持っていたのでは?
 そんなふうに考えさせられるキャラクターでした。

 矢口は主人公であり、非常に優秀な政治家ですが、よくよく考えると「決定的なことはしていない」のです。
 ゴジラと戦ったのは言わずもがな自衛隊と米軍だし、牧博士からの謎を解き、矢口プランを詰めていったのも巨災対の面々です。サスペンスにはよくある、謎解きのヒントになるようなことも言っていません。
 牧博士の「折り紙」を解析したのは世界中のスパコン、凝固剤を用意したのも全国のプラントの方々だし、凝固剤をゴジラに投与したのも自衛隊。カウントダウンを止めるためフランスと交渉したのも彼ではありません。
「フランスにはコネがある」とドヤ顔で言ったのは、矢口と懇意の泉・"まずは君が落ち着け"・修一でした。牧博士捜索のため警察が力を貸してくれたのは、警察のエライ人が「先代(矢口の父)には世話になったから」。
 重要な情報をもたらしてくれたカヨコが矢口とコンタクトを取ったのは、「赤坂に断られたから」。
 もちろん巨災対のトップは矢口であり、矢口だからこそみんな自由に研究ができたのでしょうが、矢口自身はゴジラ凍結のために具体的かつ決定的なことを何もしていません。
 しかし彼はとても大切な役割を果たしていました。「橋渡し」です。

『シン・ゴジラ』の観客は、この映画にはゴジラが出てくることを知っているし、ゴジラがどういうものか知っています。ゴジラの名前すら知らないで、ふらっと観に行った人は1%にも満たないでしょう。
 しかしこの映画は、今までのゴジラシリーズとはちがい、1954年にゴジラが現れておらず、「怪獣」という言葉が存在しない、存在していてもまったく定着していない世界だったようです。
 観客は、冒頭の水蒸気爆発の原因が「ゴジラ」あるいは「怪獣」のしわざであることをすでに知っています。
 でも映画の中の人びと、特に現場にはいない政治家たちはまったく想定していない。
 そんな中、事故の原因が「巨大不明生物(怪獣)」であることを確信していたのは、矢口ひとりだけでした。観客の常識と映画の中の常識を結びつけてくれるのは、彼ひとりだけでした。
(ハリウッド映画でも、「あれは怪獣のしわざだ」「何言ってんだバーカんなもんいるわけねーだろ」みたいな観客がうずうずする展開がしばらく続くものですが、この映画ではあっという間にゴジラが現れてくれるのでほぼストレスフリーなのもすばらしいところ)
 カヨコは赤坂とのアポが取れなかったので、第二候補の矢口とコンタクトを取りました。矢口はここでも橋渡しをしています。
 そしてクライマックス、矢口が最前線のあの場所に立って作戦を見守る必要はまったくありません。まわりの人びとにも言われてましたけどね。でも彼は観客のためにあの場所に行くしかなかった。作戦前に自衛隊員に飛ばした檄は、観客の思いそのままでした。「ゴジラをなんとかできるのはあなたたちだけだ」。

 登場人物を容赦なくヒドイ目に遭わせる庵野監督ですから(笑)、恐らく、キャラクターを「自分の子供」のようにではなく、物語を進めるための「駒」として使えるタイプのストーリーテラーだと思います。
 矢口もきっと、駒でしかありません。
 でも……。
 覚えてますかね。
 最後の最後、矢口とわたしたちの、目が合うシーンがありました。
 あのときわたしはぎくっとしたんですよね。
 矢口になんだか存在を気づかれたような気がして。

 1回目の観賞では、もうあのあたりになると涙でスクリーンがエコノミーになっててわかりませんでした。だからぎくっとしたのは2回目のときです。矢口が主人公だったと気づいたのも2回目のとき。
 矢口蘭堂は、ちょっと他にはない主人公でした。
 最近そう思っています。

 上映終了前にもう一度観に行くつもりですが、今からもう、ソフトの発売が待ち遠しくて仕方がありません。これほどヒットしてくれたから、きっとすぐに地上波でも流れるでしょう。その日もまた待ち遠しいです。放送の翌日は仕事の休みを取るかもしれない(笑)。
 この映画は本当にすごい。
 映画ばかり観てきましたが、映画でこんなに興奮するのは、本当に久しぶりです。
posted by モロクっち(諸口正巳) at 20:41| Comment(0) | 日記
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